10年ぶりに絵を描くようになって、小さな疑問から大きな気づきに結びついた最近の話です。
人物をリアルに描きたい欲求から、目指す表現に到達できていないので、細かく分析しながら学習していこうと思いました。
特に人の頭を一つの立体として陰影を描かないと、彫刻家が下絵として見たときに3Dに表現できない。
目・鼻・口や、特徴的なパーツに目がいってしまって、ついつい細かく描き込んでしまう傾向が強く、どうしても全体を意識することが薄い。
これは日常の中でもあることで、今すぐ欲しい、やりたいことは無理してでも叶えようとするのに対して、1週間後、1年後、10年後の少し遠い将来を描くことが苦手です。
計画より衝動的な行動を好みます。
これってなんでだろうと気になって、「目先のことばかりきになる」みたいなキーワードでググって見ました。
あれ、わたしってASD ?
ASD (アスペルガー・自閉症スペクトラム)
発達障害の一種で、いくつか特徴的な言動、思考、感覚を持つ、生まれつきの脳の特性とのこと。
医療診断を受けていないので断言できませんが、診断されたYoutuberのお話を聞くと、ほぼほぼ自分のことに当てはまるのです。
今まで普通であり、個性であると思って何も問題だと思っていませんでした。
毎日満員電車の通勤に耐えているし、マルチタスクを要求される職場に10年以上も勤務していますから、鬱で起きれないとか、外に出るのもしんどすぎる、なんてことは、ちょっと鼓舞すれば乗り切れる感じで障害持ちの方よりずっと健全だと思っていました。
ASDの5つのサインに当てはまる
急な予定変更が苦手、新しいことを受け入れ難い
朝、いつも乗る電車の時刻に間に合わせようとバタバタと準備している中、子どもがぐずぐずしていたり、夫が急な仕事が入って保育園に連れて行ってくれと頼まれたとき、わたしは怒りが湧きます。
「一生懸命、予定通りにコトを進めているのに、なぜわたしが合わせなければいけないのか。」
「会社に遅刻する理由をメールしなきゃならないし、遅れた分の勤務時間も伸ばさないと今日の仕事が終わらないから遅刻したくない!」
長い人生で見れば一瞬の予定調和なのに、その一瞬にとてつもなく怒り狂う時があり、コントロールしがたいのです。
音や匂い、不快感に過敏
一歩外を出れば、いろんな人がいます。
香水が強い人、アルコールやタバコによる体臭が強い人、口臭が強い人…。
でも「強い」と感じているのはわたしだけだったりします。
「あのため息の多い人の匂い、変な匂いしない?」
例えばそんなことを、一緒にいる家族、友人、職場の人に聞くと「え、そう?別に気にならないけど。」と返ってくることがしばしば。
他人のガムを噛む音と匂いにも敏感で、不快感がたまらなく、いつ何時遭遇するやもしれないのでワイヤレスイヤホンとハンカチは必需品です。場所移動できない時はイライラ、パニックを引き起こしかねないので。
曖昧な指示やルールが苦手
職場でよくあります。
「ルールはあってないようなもの」
「例外はないけど今回は特別」
「いい感じに在庫の過不足を管理」
「臨機応変に」
「マニュアルや契約書にはない暗黙のルール」
これらの曖昧表現や指示には理解に努力が必要です。自分なりに数値や文章、図形を活用して可視化したり、新しくルールを作ってみたり、適応していこうと頭を使います。半ば、相手に迫る勢いで明確化を要求します。
正しい言葉へのこだわりが強い
新しい言葉をよく調べもせず雰囲気で会話に使って、習得しようとするのが健全なのかもしれませんが、わたしはそれが正しい使い方なのか非常に気になり、会話の内容が頭に入ってきません。
知らない言葉が出ると途端に、相手の意図を読み取ろうとする意識がぶっ飛びます。
相手が間違った言葉を使ったとき、例えば「今ままでのお客様との歴史が、」と言ったら即座に「歴史じゃなくて経緯でしょう。」とか、「会社番号の語尾が、」と言ったら番号聞く前に「末尾でしょう。」と正して会話の流れを止めてしまったりします。
別にマウンティングしたいとか、賢く見られたいとかいうことではなく、どうしようもなく「正したい」という強い衝動に駆られるのです。
白黒思考
誰かに否定されたり拒否されたりすると、自分のすべてが劣っていると責めることがあります。
「お前は赤色の使い方が下手だ」
とデザイン校受験予備校の先生に言われて、
「わたしは赤を使ったデザインを考えたら失敗する、使ってはいけない」と決定づけてしまいました。
また、商業デザインに就職しないと決めた途端、大学の友人関係や先生たちとの交流を断ちました。
一部、まだお付き合いいただいてる稀有な友人がいますが。
0か100か、善か悪か、承認か拒否か、敵か味方か、
両極端にグループ分けしたがる傾向にあります。
歪みまくっていたのは、世間じゃなくてわたし
上記5つだけではありません。当てはまるのは。
他にも、
こだわり癖、リセット癖、冗談がわからない、がんばりすぎる、リフレッシュが下手、疲れている自分に気づかない、社交性の低さ、会話が苦手、他人への興味のなさ、オタク気質、ストレス耐性の低さ、同じことを繰り返すことに安心感を覚える、新しいことが苦手、人一倍ひとりの時間が必要、睡眠障害気味、他人との距離感がわからない、空気が読めない、暗黙のルールがわからない、固い文章、敬語使いすぎ、その場で理解できなかったことが家に帰ってからわかった(あぶり出し脳)…。
これらぜんぶ見事にわたしの特性です。
道理でママ友ができない、コミュ障の傾向が強いな自分、と思えたわけです。
それだから「どうして自分は…」なんて鬱々と考え込んでしまった時期が多くあります。
小学生の頃から40歳過ぎた今でもあります。
多少なりとも地域性、家庭環境の影響もあるでしょうが、同じような状況・環境で育っても、そうじゃない定型発達と呼ばれる人がいるんですものね。
気をつけること
どんなサイトの診断でも同じ結果が出ます。
かといって、心療内科や精神科にかかって薬くださいと言いに行くつもりはないし、診断も受けるつもりはありません。
特性だということを理解すれば、適切な対処や対策が取れるし、何より無理してしまいがちなことを抑えようと意識できます。
「わたしはこれが苦手だ」と明確に言って良いのだと分かっただけでもありがたいです。
「自分を変える」というより「理解する」「良い方向を見つけて導く」ことにシフトしていきたいと思っています。
愚痴をこぼす相手
最も気をつけなければいけないのが、一番身近にいる一人娘に、日頃の愚痴を浴びせてしまうこと。私は友達が少なく、おしゃべり下手なので、子どもに話しやすいと感じて甘えてしまうところがあります。
怒り散らすのもそう。
分かってくれないとか、言うことを聞かないとか、自分のコントロール欲求が突出してしまうことがあります。
自他境界線が曖昧になりがち、線引きを自分にとって有利に引きがちなのです。
これは自分でも卑怯で、最低な親だとわかってるつもりが、感情に負けることがあります。
これについてはもっと勉強する必要があると感じています。
想像以上に日々我慢している。感じている以上に疲れている。
今まで親のせい、家庭環境のせい、学校生活や地域のせい、まわりのせい、自分のせい、どうにもならないと考えてきたところがあります。
だけど違うようです。
生まれつきの脳の特性だと言われれば、そうかなるほど、魚として生まれたのに蛙のように水陸両用で生きる努力をしなければならないと思っていたことが、そもそもの間違いだということを、今なら理解できます。
「当たり前だ、そんなこと」と分かっていたつもりだけど、そうではなかったんですね。
がんばれはできる、我慢すればできる、やれる、そう言い聞かせて来ました。
「わたしよりも努力して、自立して、社会で活躍してる人は大勢いるんだ。」
そうではなく、素知らぬ顔で難なくやりとげる人もいる。
そういうことなんだ。
わたしはわたしの特性を利用した、無理のない生き方ができるということで、その選択は決して甘えではありません。
そういうことらしいです。
参考書籍というか、わたしのトリセツ書
以上の発見に導いてくれたのは下記の書籍です。
読み進めるたびに、「あ、わたしのことだわ」の連続。
なんだか、世の中に認められた気がしてとても安心しました。
じぶんのことが分かると、周りにも同じような人がいると分かりますし、
余計なあつれきや、衝突、憶測や疑いがなくなります。
40歳過ぎにこれらの書籍に出会えたことに感謝です^^
いえ、もっともっと早く出会えていれば、行動が変わっていたでしょう。
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